2012年4月6日金曜日

タランティーノ的『カサブランカ』

新年度初授業。1回目だから大したことをやるわけではないのだけれど、面白いことがたくさんあった。

2年生の英語のクラスのテキストは、『シンプソンズ』とか、イーストウッドのいくつかの映画とか、いろいろ考えた末に、急に妙案を思い付いて、採用にいたった。なんと、『カサブランカ』である。

以前のわたしだったら、そんな当たり前すぎる映画、いくら英語の教材だからっていまさら使ってどうするの、と最初から眼中になかった。自分は子供のときから繰り返しテレビのロードショーで見ては、感動していた映画だ。逆にいうと、子供のとき以来見ていない。最後に見たのはいつなのかよくわからない。たぶん遅くても中学生くらいだろう。

けれど、当たり前のことながら、昔の常識は、今の常識ではない。ひょっとすると今の学生は、『カサブランカ』なんて見ていないのではないか。『ローマの休日』も、『サウンド・オブ・ミュージック』も、『風と共に去りぬ』も?逆にこれは学生にとっては目新しい映画なのかも知れない、と思いついたのである。授業の前にちょっと聞いてみたら、案の定、ほとんど誰も知らない。もうすっかり免疫がついている(つもり)なので、こんなことでは別に驚かない。やっぱりそうか。

このスクリプトを勉強して、英語字幕だけで見てすっと理解できるようになりましょう、というコンセプトの授業なのだが、1週目と2週目はとりあえず日本語字幕をつけて通して見せるより他ない。それで、最初の半分を、見せた。

うちの学生はみんないい子たちである。大体の映画は、こっちがテキスト選びに神経を使っているせいもあるけれど、みんな面白そうに見てくれる。いい場面ではわーっと沸いたり、笑っちゃう場面では笑っていて、感動的だとティッシュ片手に泣いていたりする。とにかく楽しそうなので、こっちも楽しい。といっても、見せている自分も、つい映画に見入ってしまうので、結局あまり学生の方を見ているとは言い難いのだけれど。


 イルザ(イングリッド・バーグマン)がピアニストのサム(ドーリー・ウィルソン)の方へつつとすり寄り、「あれをまた弾いて。(Play it again, Sam.  Play it.)」と言う有名な場面になった。スリー・ポイント・ライティングに照らされて、眼をうるうるさせたバーグマンのアップが、画面いっぱいに映し出される。


 すると、不思議なことが起こった。学生が、ゲラゲラ笑っているのである。そう言われてみると(笑われてみると)、この場面は確かにほとんどマンガだ。テレビ・ロードショー的な意味でかも知れないが、映画史上に名だたる傑作の美しい名場面も、彼らの目には、眼の中に星が入った少女マンガなのだ。もちろんわたしも、この場面に感動して見ていたわけではなく、むしろ、「おお、スター・システム全盛期のこの、ボガードやバーグマンを映しだす画面はどうだ。分析に値しそう」などと思いながら見ているのだけれど、ここではっきり笑ってしまう、という彼らの感性には、ちょっと驚いたし、むしろ感心するところもあった。彼らには『カサブランカ』が、すでに、タランティーノやシンプソンズみたいに見えるらしい。あ、パロディということです。

教わらなくても、異化して見る訓練が、子供のときから身についているのだろうか。しかし、例えば韓流ドラマとかを見た場合、彼らはどう反応するのだろうか。韓流ドラマに感情移入する(じつはわたしは見たことがないが)のも、すでに前世代の人間なのかも知れない。英語の授業にあまりにも王道な映画を選んだつもりが、結局映画の解説とかもしなくてはならなくなりそうだが、まあ面白いといえば結構面白い。


 ハリウッド・スターシステム全盛時代の撮り方が彼らの感性にどう見えるのか、そのことによって当時と現代の違いが、いろいろ分析できそうである。